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「初期齲蝕の診査における探針使用の考え方」 日本ヘルスケア歯科研究会 健診における探針使用問題小委員会 |
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<目次1へ> 日本ヘルスケア歯科研究会 健診における探針使用問題小委員会 ● 初期齲蝕の診査・診断の指針を示すのは、だれか? 行政によって委託される事業において、被害や不都合を受ける当事者の訴えがないために、長い年月にわたって誤った運営がつづけられるという例は、わが国では珍しいことではない。行政は専門家の見解に従おうと考え、専門家は行政の決めることに口出しはできないと考え、どこにも責任の所在がないまま、誤った方法が生きつづけるのである。 今回の問題提起にかかわる学校歯科健診を例にとれば、日本学校歯科医会は学術団体ではないため独自の見解をもつものではなく、各種専門学会の見解に従って示された文部省の方針に従って、学校歯科保健をすすめることになる。ここで学校歯科保健のあり方に、大きな影響力をもっているのは、今回調査対象者となった専門家の研究とその見解であり、関係学会の見解である。ご自分の守備範囲ではないとお考えの方々が多いものと推測されるが、是非とも大学、学会のもつ社会的責任をご理解いただきたい。<目次に戻る> ● 探針による精査が必要であるとする根拠は何か? では、この問題についての日本学校歯科医会の見解は、どのようなものだろうか。同会は第52回総会で、「とがった器具で歯の溝を探る検診は虫歯を促進する危険があるのでやめる」(3月18日の朝日新聞社説)と紹介された本会の見解について、次のような見解を示している。 「これについては、統計データはないだろう。学校歯科医が、専門家としてむしろ積極的に探針の安全性を指導していくべきだ。日本は、学校保健の中に、高い程度で歯科が位置付けられる国で、検診の意義について、また安全性についても、国民に訴えていく必要がある。」 これは、会場からの質問に答えるかたちで森本基氏が述べたものであるが、これが現在の日本学校歯科医会の見解であると考えてよい。統計的な根拠をもった提言ではないので、従来の考え方を改めないというものである。わが国の12歳時DMFTが、約20年前に齲蝕の「早期発見・早期治療」の方針を転換した諸外国に比して、砂糖消費量や口腔衛生習慣の条件が良いにもかかわらず著明な改善を見せないことは、現状を見直すきっかけにはならないのだろうか?わが国の学校歯科保健統計の中には、探針による精査をしたデータが無尽蔵に蓄えられている。私たちは、充填・修復された初期齲蝕の予後を毎日のように見ている。修復治療の予後を示すために公表された症例のなかに、本来充填修復すべきでない症例の悲惨な予後を見ることができる。オブザベーション中の子どもたちが、学校歯科健診をきっかけに、健全歯を維持しつづける可能性を奪われた実例を詳細にいくらでもあげることができる。 反対にオブザベーションによってカリエスフリーを達成した多くの実例をあげることができる。ちなみに筆者の診療室に通院する6歳から20歳までの1103人について調べたところ、男子(537人)で54.9%、女子(566人)で41.7%がカリエスフリー(DMFT=0)である。また、検診よりも教育を重視した学校歯科保健活動の結果、当該校生徒のDMFTがどのように推移したかを示すデータをすでに報告している。探針による精査について、すでに多くの否定的な研究が明らかにされており、探針の使用を支持する文献がほとんどないにもかかわらず、あえて人体実験によって探針の問題点を確認する必要があるだろうか? また本調査について、次のような否定的なご意見を耳にしている。これは調査にご協力いただけなかった方のなかにあるひとつの考え方を代表するものと言えよう。 「だれも現在の検診方法がいいとは考えていないが、探針を使わずに正確な検診ができるのは、おそらくごく一部の熟達した歯科医であり、一般的なレベルの歯科医のことを考えると検診の精度を上げるために、探針の使用は止むを得ない」 「探針の使用が好ましくないとしても、使わなければ検診の目的が達せられない。この問題について『是か非か』という白黒をはっきりさせようとする議論はなじまない」 本会の問題提起に対して趣旨は認めるものの現実的ではないとする意見であるが、これは学校歯科保健の目的を見失った議論ではないだろうか。言うまでもなく、学校歯科保健活動の一環として行われる健診は正確な統計を集めるためにではなく、子どもの健全な口腔環境を育成することが目的なのである。 わたしたちは、ここで改めて「早期発見・即時治療」が、もたらしている弊害に注目しなければならない。探針の問題とは、すなわち初期齲蝕の扱いに関して、われわれに問いかけられている象徴的な問題であって、たんに診査器具の弊害と有効性に関する問題ではない。 探針を用いて齲蝕を精査するべきだという考え方は、1968年に発表された次の報告を根拠にしている。 「学童永久歯における各種齲蝕性病変の進行速度とう蝕検出基準についての研究」島田義弘、日本口腔衛生学会雑誌、16(1)、1968,7 ここでは同一児童の6か月ごと2年間の評価をもとに、初期齲蝕病変が不可逆的に進行すると判断し、次のように結論づけている。「定期的な小学校における歯科検診では、認めた齲窩とsticky fissureを早期発見即時治療の対象とすべきであろうと考察した」。これは、カリエスリスクのコントロールにより初期病変の自然修復が可能であり、実質欠損が生じたものでも、進行の停止が通常可能であることがあきらかになった現在のカリオロジーから考えると、誤った前提に立った結論であったと言えよう。 齲蝕の検出に探針を使用したことを明記したわが国の最初期の文献は、1962年の次の文献である。 「上水道弗素化の齲蝕予防効果に関する調査報告」口腔衛生学会 上水道弗素化調査委員会、日本口腔衛生学会雑誌、12(1)、1962,1 この疫学調査においては、自然光の下でミラーと歯科用探針を用いて検診が行われた。検出基準を統一するため調査班員の訓練が行われたが、初期病変の検出は、先端の鋭利な探針によって丁寧に触診することとされ、用いられる探針を統一するため、探針の材質、規格ナンバーが決められ、同一探針での診査を10名までと定め、10名を超えると改めて先端を鋭利に研ぐよう指示されている。この調査では、弗素化地域の小児に有意な効果が認められず、この研究以降、わが国においてフッ化物の利用は、勢いをなくしていった。今日的に考察するならば、たとえフッ化物を応用したとしても、探針による初期齲蝕の精査を頻繁に行うならば、齲窩の形成を抑制することができないことを立証した疫学調査であったと言えよう。 日本学校歯科医会が学校歯科医向けのガイドラインとして示している次の考え方は、これらの一連の研究をひきずったものである。専門家は、齲蝕の診査と治療について、齲蝕の病因論的考察にもとづく新たなガイドラインを示し、1960年代につくられた考え方を早急に改める責務を負っているのではないだろうか。 日本学校歯科医会が示す「CO検診基準」 COの検査と事後処置
探針によって初期齲蝕を精査すべきだという考え方は、「初期齲蝕は不可逆的に進行する」という誤った理解の上に成り立っており、小さな齲窩をできるだけ確実に検出することを検診担当者に求めているのである。<目次に戻る> ● 探針による検査の現状 本調査では、健診に鋭利な探針を使用していると回答した人は、「今後(中止を)検討する」とした人を含め41.3%である。「できるだけ使わない」を含めると87.3%となり、探針が広く使われていることがわかる。熊谷の依頼により実施した川崎市歯科医師会の調査(1998年1月、対象236人)では、次のとおりである。
また、本調査に先立って田浦の行った探針使用に関する質問調査(調査対象:18歯科大学・歯学部の予防歯科・口腔衛生学の各講座複数の教官45人)では、「学生教育で齲蝕検出用に探針の使用を推奨しますか」という問いに対し、80%の人が「鋭利な探針使用を教育する」と回答している。この結果は、今回の調査で回答者の77.9%が探針の為害性を教育しているという結果と矛盾するようにも思われるが、この調査と今回の調査の間には、『クリニカルカリオロジー』(医歯薬出版)の刊行や本会の設立があったことがここに反映しているのかもしれない。 ● 探針の問題は、それほど重要ではないとする見解について 本調査では、探針の為害性を認めながらも、検診の診査環境が劣悪であるため、プラークや食物残渣の除去あるいはレジン充填物の確認のために探針を使用せざるを得ないとするコメントを寄せられた方が多かった。たしかに、このような用い方をする場合、探針使用に大きな弊害があるわけではないが、そうであるとそれば検診の手順・方法を改める必要がある。このような理由を根拠に探針の使用を是認することが、現状の「CO検診基準」を暗黙のうちに認める結果につながっていることを理解していただきたい。 調査結果では、初期齲蝕の診査器具として「探針は信頼できる」とした回答は11.9%にすぎない。探針なしで深い裂溝の検査をするのでは「健診の意味がなくなる」とした人は、2.1%にすぎない。また、照明のない環境では、視診の精度は低く探針による触診に頼らざるを得ないとする見解が見受けられた。これは盲目にされているので杖が必要だという苦しい弁明である。関係学会では、早急に健診環境の改善を提言すべきであろう。ただし、もし十分な照明下で初期齲蝕を視診により精査できるとして、もっとも重要なことは、初期齲蝕の再石灰化の可能性を引き出すための事後対応に、バトンタッチをすることでなければなるまい。 ● 探針による診査の信頼性について 本調査によると、大半の回答者は、探針の為害性を指摘した文献に関心をもっており理解している。ここでは、鋭利な探針が再石灰化の過程にある部位や再石灰化の可能な部位に齲窩を形成し、細菌の侵入経路をつくってしまうことについては、重ねて説明を要しないものと思われる。しかしながら、探針の使用が診査の信頼性を保証するものではないとする報告については、52.6%の回答者が「知らない」または「理解できない」としている。検討会では、診査環境が整っている診療室では、視診の信頼性が探針の触診に優ることという意見が出されたが、これは詳細に観察する経験をもった人だけが、理解しているにすぎず、まだ少数意見のように思われる。 Penning et al.(1992)は「探針使用による裂溝の診査では、24%の齲蝕が判定できなかった」と報告している。Lussi,A.(1990)もCaries Reseachに「探針の使用は、裂溝齲蝕の検出の信頼性の向上につながらない」と結論する研究を報告している。WHOは、1987年版のOral Health Surveys Basic Methods (3rd edition)において探針の使用を推奨していたが、1997年のWHO専門委員会の報告(WHO Technical Report Series826)では、探針の過度の加圧と不適切な使用が初期齲蝕の齲窩を形成することが実証されているので、探針使用に慎重であるべきとする見解を明らかにしている。 また、R. J. Elderton(英ブリストル大学)は、1996年の来日講演で、筆者らの求めに応じて次のようなコメントを示した。
「かつて探針で、圧をかけて裂溝診査をしていた。この時点では、齲蝕が存在しない場合に探針が引っかかり、存在するところでは引っかからない可能性があることについて、ほとんど認識されなかった。齲蝕の可能性のある部位に圧をかけて探針を使用すると、部分的に脱灰はしているが、無菌の部位に損傷を与え、再石灰化を妨げるのみならず、細菌が直接侵入する経路を開けてしまう恐れがある。このことは齲蝕のプロセスを助長することを意味する。」 診療室のように診査環境が整っている場合、視診に比較して探針による触診の診査精度が劣ることは、慎重な視診を行えば、だれでもすぐに気づくことができる(参考例参照)。 ADAジャーナルのカバーストーリーが述べるように、齲蝕診査の原則を "a sharp eye and a blunt probe"に変えることを多くの関係者に真剣に考えていただきたい。<目次に戻る> ● おわりに ルンド大学教授、WHO共同研究センター D. Bratthall 探針の弊害というテーマではあるが、ここではもっと重要なそして幅広いカリオロジーの問題がとり上げられているように思う。今回の調査の回答率が30%であったということは、驚くべきことではない。多くの専門家は、この問題提起にどのような立場をとればいいかわからないのだろう。私たちも探針使用の問題について、それほど重視してこなかった。これは主に私たちが成人を対象にしているからであり、成人と小児では、この問題の重要性はまったく異なるだろう。世界中の歯科医師は伝統的に、左手にミラー、右手に探針を持って診療にあたるが、これはあたかも遺伝子に組み込まれているのである。 今回の調査では、さらに研究が必要だとの回答が多かった。探針による初期齲蝕の診査方法に代わる方法ついて、この10年間に100〜150件の研究が報告されているが、そのなかに日本の研究者のものは少ない。診査方法としては、視診、特殊な照明(光ファイバー、蛍光)、染色、レーザーなどさまざまな方法が提案されているが、どの方法にも欠点があり、完璧な診査方法はない。 私はWHOのコンサルタントであるが、WHOも齲蝕の検出方法については、私たちが仕事をしやすいようなリコメンデーションを出していたわけではない。軟化した病変部を探針で診査することを推奨していた。熊谷の報告にあったように1997年の専門委員会報告でようやく注意を促すようになった。 Lussiの研究やPenningの研究によって、エキスプローラーを用いても、裂溝齲蝕の検出の精度向上にはつながらないとする考え方が認められるようになった。是非、ここで話題になった学校健診の評価など、日本での研究を進めるべきだろう。 カリオロジーにおいて、探針の使用の問題は小さな問題であるが、重要な側面をもっており、この会の問題提起の方向性は正しいと思う。探針を完全に使用しないようにすることはむずかしいが、使うなら頭も使わなければならない。「頭を使わずに、プローブを使うな」と言うべきだろう。 ルンド大学助教授 重要なディスカッションだったと思う。 まず齲蝕の進行速度は遅いということを理解すべきだと思う。そして私は、スウェーデンで学生やドクターに初期病変について教えるときに、日本のあるものを使って説明している。「初期齲蝕病変部というのは大変壊れやすくデリケートなものだ」ということを知ってもらうために、"オアシス"という名前で呼ばれている日本のいけばなで使う緑色のスポンジ状の材料を分けてもらって使っている。これは硬いものでちょっと触れるだけで表面が崩れてしまう。初期齲蝕については、このような教育が必要だと考えている。<目次に戻る> |
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